箱崎地区の明日

緊急レポート九州大学移転箱崎地区の明日

レポートその壱、かってに調査隊筥松地区を行く

夏の午後、「かってに調査隊」はJR箱崎駅を東に出て、筥松地区を調査することにした。 調査対象は学生向けのコンクリート系賃貸アパート の入居状況である。 この地区は、箱崎地区に比べて、比較的高層住宅が多く、街並みも整然としていて、いわゆる学生街とはちょっと違う雰囲気がある。 駅を出て程なく、南北に伸びる幹線(バス路線)にあたる。 角が店舗(八百屋)で、左隣がまだ新しい賃貸マンションであろうか。 オートロックドアで、入居率は良さそうである。隊は、この交差点を左に曲がり、北上する。

の調査の目的は、九州大学というひとつの巨大な核が移転することによる影響を、 学生の街「箱崎」がどう受け止めていくのかを見届けることにある。 それはまた、学生数の減少によるアパートや、商店街の衰退という箱崎地区の明日を考える事でもある。

成3年(1991年)秋、九州大学は、福岡市の西区元岡地区への移転を正式発表した。 まさに巨大プロジェクトの始動であった。福岡市西区と言っても、東区の箱崎から直線距離にして20Km 弱。 市の中心部、天神地区を跨ぐ、東から西への大移動である。
 移 転発表から現在までの間、医学部の移転中止や元岡地区での古代製鉄遺跡の発掘調査、 「幸の神」湧水の汚染問題など数々の問題が噴出したが、12年の歳月を経た平成15年(2003年)1月、 ついに工学部新キャンパスの起工式が行われ、昨年8月、工学部の一部が「伊都キャンパス」へと引越しを始めた。

ブロック歩いた交差点右手向こうに、1階に店舗が入った3階建てのビルが見えてきた。 2〜3階はおそらく、学生向けの賃貸アパートであろう。中に入れたので、電気メーターを見て廻った。満室では無いようである。 次に進む。バス通りの両側に、次々とコンクリートのアパートが並ぶ。 3階建て、4階建て、5階建てと全て1K の賃貸のアパートである。 この区域4棟のうち一番新しいと思われる24戸の中堅のアパートでも満室状態では無いようだ。 他のアパートも24室〜50室くら いの部屋数である。窓のカーテンの有無や、ベランダの洗濯物で入居を判断する。 結果、現在満室のアパートは無いと思われる。
 筥松2丁目を過ぎ、3丁目に入った。鹿児島本線に平行に北上している。 駅から遠くになるにつれ、コンクリート系のアパートが減ってきた。それにしても暑い。 調査に悪い日時を選んだようだ。それでも、水分を補給しながらのろのろと隊は進む。 ここで遅れてきた隊のメンバーと合流する。今回の調査隊は3人。デジタ ルカメラと地図と飲み物の標準装備である。 3丁目では、宇美川とバス通りの間の小路にも入ってみた。こじんまりとした比較的新しいアパートがあった。 この先で、橋を渡って対岸の松島地区を少し調査。こちらの方が新しいアパートが多い。] ただし、学生向けは、少ないようである。松島大橋を戻り、筥松地区の調査を終了する事にした。

日の調査は、九州大学が夏休みに入った直後だった為か、学生にも出会うことはなかった。 しかし、工学部移転終了の時期は、今年の夏休みの終了と同時期である。 この夏休みの間に、西区元岡近辺へと引越ししていく学生もいるであろう。 工学部学生4,300 人の内、7割強の学生が賃貸アパート、もしくは寮や下宿に住んでいる。 今年度中には多くの学生がこの街を離れていく予定ではあろうが、 あと半年で卒業する学生や、諸々の事情で箱崎に残る学生も多いだろう。 最終的に平成32年(2020年)には、箱崎キャンパスは無くなる予定だという。 残される42.6ha の敷地の利用も今は決まっていない。 だが、目の前の箱崎は現実の箱崎である。
 調査後に口にした、ビールの美味かったことは言うまでもない。

次回、箱崎地区木質系アパートの調査報告に続く